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野元 陽 Akira Nomoto

グローバル・ビジネス

2001年入社

どんな学生時代を過ごしたか

割とちゃんと大学に行っていました。あまり「グローバル感」はない学生時代でしたね。

電通を選んだ理由

当時は広告をつくることに憧れていました。(18年会社にいて広告をつくること以外はだいたい経験しました...。)

百色名刺の色・その色にした理由

そろそろ自分の色がわからなくなったので。
※創立115周年を記念した名刺デザインもあります。

百色名刺とは?

得意技はタイ式・バリ式 マッサージ

本場の有資格者です。

これまでの経歴

2001年:入社直後はマーケティング領域担当でした。

2004年:ビジネスプロデュース領域に異動。局内でソリューションを考える部署です。とあるPR領域担当の先輩に師事し、PRのエッセンスを入れながらキャンペーンプランニングしていました。

2010年:10年目にメディア領域に異動。当時の電通メディアという海外子会社ネットワーク構築・支援。

2012年:マレーシアのメディア・エージェンシーである電通メディアマレーシア
(現・dentsu X マレーシア)を立ち上げて海外に赴任。

2017年:本社に帰任。グローバル・ビジネス領域を担当。現在は、日本から海外ビジネスの支援をしています。

担当したプロジェクトについて

dentsu X マレーシアでは1から会社を立ち上げ、副社長として赴任。現地メディアとの関係構築やクライアント開発をしました。副社長と言っても会社に日本人はひとりだったんですけど。でも、現地のスタッフやまわりの方々に恵まれ、楽しくやりがいのある仕事ができました。業務内容は、海外拠点の経営を管理しつつ、限られた資源の中でどのように会社を大きく、強くするかということを考えて実行することです。任期の途中で電通によるイージス買収があり、大きく戦略を変えるなどいろいろありましたが、良かった点としては買収したイージスと併せて「電通イージス・ネットワーク」としてマレーシアでの存在感を出せたことです。それをテコにして現地の巨大広告主であるエアアジアなどの扱いを獲得できました。また、それらの仕事を通じて築いた現地のメディアやクライアント、スタッフとの関係は現在も続いています。

電通の使えるところ・電通を使って成し遂げたい夢

社内にいろいろなスペシャリストがいることと、社外でいろいろなスペシャリティを持つ人とつながれること。今後も仕事をするうえで、ぜひいろいろな人に助けられて仕事したいです。(そろそろ助けられてばかりではなく、恩返しせねば…)

海外赴任の経験について

海外拠点の経営に携わるといろいろと視点が広がります。例えば、「広告媒体の内訳を〇%デジタルにシフトしたらどのくらい利益が増えて、そのためにどのくらいの投資が必要なのか」とか、「市場の中で存在感を増すためにすべきことは、地道に扱いを伸ばすことなのか、コンテンツ事業などのユニークな展開を目指すことなのか」などなど。その一方で現地スタッフの辞める・辞めない問題や彼らのボーナスの件で夜中に胃がキューッと痛くなることもありました。(笑)私は幸運にも若い年次でこのような子会社経営の機会をもらったので、今はその経験を活かして海外事業をサポートする側に回っています。この原稿を書いている前の週はインドに行って、デジタル化に向けたロードマップや本社からの支援について話をしてきましたし、普段は社内で連携して海外拠点の支援ツールをつくったりしています。うまく日本のノウハウを海外に持って行けると最高です。

インドで買ったコーヒー豆

自分でコーヒー豆を買って淹れています。仕事の質を上げるために職場の環境を整えることは大切だと思うので。

オフの時間の使い方

美味しいB級グルメ、特にからあげまたは煮込みとレモンサワーを探し歩いています。ちなみに部署では毎月揚げ物パーティをしています。

就職活動を控える学生へのメッセージ

昨今の就職活動は売り手市場とか言われますが、いろいろな苦労があると思います。弊社に限らず、良いご縁があるといいですね。大変だと思いますが頑張ってください。

グローバル・ビジネス

言葉や文化の壁を超えて、人々に届くコミュニケーションを生み出す人。
電通イージス・ネットワークと連携し、世界145カ国・地域以上でビジネスを展開します。

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