LIFE

さよなら中野サンプラザ音楽祭

さよなら中野サンプラザ音楽祭

中野区のアイコンとして50年にわたり愛されてきた中野サンプラザの最後を飾る「さよなら中野サンプラザ音楽祭」が、2023年5月から約2カ月間開催された。200人以上のアーティストが計37公演を行い、約6万人の動員を記録。メディアにも多数取り上げられ、大きな話題を呼んだ。音楽イベントに終わることなく、未来のためにエンターテインメントと街づくりを融合させた本プロジェクト。街全体を巻き込んだイベントはどのように企画され、実現することができたのか。中心メンバーに話を聞いた。

INTERVIEW

  • 川合 紳二郎

    川合 紳二郎

    MEDIA&CONTENT

    シニアディレクター/チーフプロデューサー。音楽祭の発起人。アリーナの事業開発から、2022年に大ヒットした映画「余命10年」などの映画プロデュース、洋画事業などコンテンツビジネスにも広く携わる。いわば“ソフト”のプロ。学生時代から音楽や映画が大好き。

  • 紅村 正雄

    紅村 正雄

    MEDIA&CONTENT

    プロデューサー。川合さんと共に音楽祭を推進。主にアリーナ事業の運営に携わる。イベント編成や、コンテンツ開発、アリーナ自体の経営管理なども。電通には中途入社。建物管理会社から転職してきた、いわば“ハード”のプロ。アニソン好き。

  • 石橋 枝里子

    石橋 枝里子

    CREATIVE

    コピーライター。音楽祭のステートメント開発など、人々の共感を集めてみんなを巻き込むために、言葉を武器にサポート。普段は、ニッカウヰスキー、KATE、大塚製薬工場などを担当。音楽、ドラマや演劇、落語が好き。プロジェクト中に産休・育休を取得。

INTERVIEW /01

未来につながる
幕引きを

  • 犬タビュアー

    犬タビュアー

    アリーナ事業(スポーツやエンターテインメントのイベントを開催するアリーナを運営・管理・プロモーションするビジネス)を担当するのは、不動産会社のイメージがあります。電通は、どのようなアリーナ事業を行っているのですか?
  • 川合

    川合

    通常、アリーナ事業とは、持ち主である不動産会社が“箱”としてアリーナを貸し出すビジネスが一般的です。一方、電通はアリーナをメディアと捉え、中身となるコンテンツも一緒につくり上げることで、アリーナそのものをブランディングし、新しい価値を創出します。企業の課題解決にも寄与していくなど、エンタメとして大きなシナジーを生み出そうとする事業に特徴があります。

  • 犬タビュアー
    今回のプロジェクトの立ち上がりについて教えてください
  • 川合

    川合

    はじまりは、中野駅北口と中野サンプラザを再開発するというコンペに、野村不動産さんとチームを組んで参加したことでした。電通は、新しくなる中野サンプラザの運営担当として「こんな街や施設になるといいのでは?」というコンセプトを提案し、後継施設の運営を担うことになりました。

  • 犬タビュアー
    そこから、どのように今回のプロジェクトにつながったのでしょうか?
  • 川合

    川合

    中野区や地元の方々から「50年も続いた中野サンプラザが終わるのに、ただ壊されるだけなのは非常に寂しい。ちゃんと終わり方を考えたい」という強い想いを伺い、何かできないかと検討しはじめました。

  • 紅村

    紅村

    街の再開発において、終わりゆく施設のことを深く考えることはないと思います。でも、中野サンプラザはビルである以上に、街の大切なシンボルであり、にぎわいの中心。それがあっさり消えてしまえば、街全体のブランド価値も下がってしまうのではと感じました。

  • 川合

    川合

    だからこそ、喪失感が残るのではなく、未来への期待感を醸成するような終わり方にできたらと思い「音楽祭というかたちで盛り上げていきませんか?」と自発的に働きかけていきました。街やアーティストを巻き込んだイベントを行えるのは電通の強みでもあるので、歴史ある場所で一緒にイベントをつくり上げていくチャンスだと思いました。

INTERVIEW /02

想いを集めながら
巻き込んでいく

  • 犬タビュアー
    音楽祭はどう実現していったのですか?
  • 川合

    川合

    音楽祭の役割を整理するために、まずは未来の「中野」の街づくりについて考えていきました。過去50年間の中野の歴史とこれから先の50年を考えて、中野の街がどうあるべきか、今後の街づくり全体について考える必要がありました。

  • 石橋

    石橋

    川合さんから話を聞いたり、街を散策したりして感じたのは、地元の人も、趣味で足を運ぶ人も、今の中野に強い愛着を持っているということ。自分たちの街という感覚があるので、上や外から来た企業から押し付けられたように感じる街づくりになっては、まずいなと思いました。それで、「つくるの、なかの」というプロジェクトスローガンを書きました。文化をつくり続けるという意味と、中野のみんなでつくるという想いを込めています。

  • 犬タビュアー
    コピーライターは、表に出るキャッチコピーを書くことだけが仕事ではないんですね。
  • 石橋

    石橋

    そうですね、言葉にできることならなんでも。大きなプロジェクトになるほど、関わる人の気持ちもバラバラになりがちなので、指針になる合言葉があることで、動き出したりします。今回は、アーティストの方に音楽祭の出演を依頼するために、お手紙を書いたりもしました。

  • 石橋が書いた音楽祭のコンセプト。みんなをひとつにする合言葉となった。

    石橋が書いた音楽祭のコンセプト。みんなをひとつにする合言葉となった。

  • 川合

    川合

    こうしてステークホルダーを集めたのですが、最初はそれぞれ意見の相違があり、なかなかうまく進みませんでした。中野サンプラザを長年運営してこられた皆さんや地元の方々などの想いもくみながら、「街を巻き込んで一体化する」という目的のためには、もっといろんな立場の人の想いと向き合う必要がありました。何度も会話を重ねて、意見をまとめていきましたね。

  • 紅村

    紅村

    スケジュールの調整も難航しました。最初は「100日ライブ」という企画で考えていたのですが、参加者の調整に時間がかかり、最終的には2カ月間の実施に落ち着きました。

  • 犬タビュアー
    2カ月間のライブは、どう編成したのですか?
  • 紅村

    紅村

    中野はアニメ文化の街でもあるので、まずはアニソンアーティストで盛り上げていこうと、前半にアニメウィークをつくりました。その後、J -POP、アイドル、演歌などさまざまなジャンルのアーティストをお呼びし、ここでしか見られない対バンライブも実現しましたね。

  • 川合

    川合

    アーティストの皆さんが、本当に中野サンプラザへの愛にあふれていて。とあるアーティストは、MCの時間に思い出話が止まらなくなり、1 時間以上押したり……。(笑)

  • 紅村

    紅村

    アイドルなど、いろんなアーティストの聖地なんですよね。それぞれのファンの方も、中野サンプラザは特別な場所だと思い入れのある人が多いんです。

  • 犬タビュアー
    どんな反響がありましたか?
  • 川合

    川合

    「何もなく終わらなくて本当に良かった」という声を全てのステークホルダーや観客の皆さんからたくさんいただきました。何よりうれしかったのは、サンプラザの閉館の日に、長年、サンプラザを運営されてきた社員の皆さんから「本当にありがとう」と感謝の言葉を頂いた時です。企画当初は「申し訳ないが帰ってください」と、門前払いをされていたので(笑)。

  • 紅村

    紅村

    ライブのお客さんが、商店街にも足を運んでポスターを撮影する姿を多くみましたよ。街全体が盛り上がっていてうれしかったですね。

  • 川合

    川合

    商店街の皆さんも積極的に誘客してくれました。店内で自主的に出演アーティストの音楽を流してくれたり。チケットの半券をお店に持っていくと割引してくれたり。アーティスト本人にだけでなく、街や周辺にもいい影響がある取り組みで、評判も良かったです。今回、地元の方への還元という意味で、中野区を通じて、区民の方をほぼ全公演へ数人ずつご招待しました。中野サンプラザは食事や成人式で行く場所で、ライブには行ったことがないという声も多かったんです。「最後に機会をもらえて楽しかったし、いい思い出になった」と、皆さん大変喜ばれていました。

  • 中野区の街中に掲げられた音楽祭の告知。こちらは旧中野区役所

    中野区の街中に掲げられた音楽祭の告知。こちらは旧中野区役所

INTERVIEW /03

未知の世界に
飛んでいける

  • 犬タビュアー
    紅村さんは、前職の建物管理会社から、なぜ電通に入社されたんですか?
  • 紅村

    紅村

    前職でも電通と仕事をした経験があり、アリーナへの融資交渉や、事業計画の作成などに携わっていました。そのなかで僕は、運営側でありながらコンテンツにも深く関われるプレーヤーになりたいと思ったんです。まさか入社してわずか1年で、自らアーティストのブッキングをするなんて思っていませんでしたが……(笑)。

  • 一同

    (笑)

  • 紅村

    紅村

    転職した僕からすると、電通って面白い会社で。フロアを見渡すと、アニメをやってる部署があれば、映画や、eスポーツの部署があったり……同じ組織にいるのに、それぞれが全然違うことをしている。だからみんな、いろんなことにアンテナを張っていて、どんな仕事でも進むべき方向を見極める感覚が優れていると思います。川合さんも、最初アリーナ事業なんて、完全に未知の世界だったと思うんです。でも、未知の世界だからこそ、新しい発想で、不動産業界や建設業界とは違うことが実現できたんじゃないでしょうか。

  • 川合

    川合

    電通のコンテンツビジネスの強みは、クリエイティブやマーケティングなど、コンテンツ専業の会社にはない機能を持つ人たちと一緒にプロジェクトを進められることです。社内でダイレクトにさまざまな機能を接合して大きくつくっていける面白さは、電通でしか味わえないと思います。

INTERVIEW /04

アリーナを、街を、
メディア化する

  • 犬タビュアー
    中野区の、今後の展望について教えてください。
  • 川合

    川合

    冒頭に「アリーナをメディア化する」というお話をしましたが、中野の再開発はアリーナをメディア化し、起点にするだけでなく、街全体をどう盛り上げてゆくかがポイントかと思います。街全体を活性化するためには、起点となるコンテンツをつくる私たちや、OOH(屋外広告)の知見があるクリエイティブの方々など、さまざまな機能を結びつけることで実現できると思っていて。だからこそ、これからも電通が参画していくことで、より良いシナジーを生み出していきたいです。

  • 紅村

    紅村

    中野の4つの商店街が一緒に何かに取り組んだのは、今回がはじめての事例だったそうです。運営主体も別々な異なる商店街同士が、イベントを通じてひとつになることができたのは、街をメディア化する大きな一歩だったなと感じています。

  • 犬タビュアー
    新しいサンプラザは2029年に開業予定ですが……オープニングは何をやるんですか?
  • 石橋

    石橋

    新しいサンプラザは、規模3倍の7000人収容の予定らしいです。物理的に大きくなっても、本質的なところで、これまでのアットホームな距離感・雰囲気を、引き継げるといいんだろうなと思います。今回のフェスでできた商店街とのつながりを生かした施策、区民の特別枠などもヒントになるかもしれませんね。

  • 川合

    川合

    ただ5年後のことなので、どうなるかは正直わかりません(笑)。でもやっぱり同じように、街やみんなと一体化するようなものでありたいですよね。単に有名タレントを呼んで終わりにはしたくない。今回が「さよなら」だったので、今度は街の皆さんに「こんにちは」「よろしくお願いします」と言えたらいいですね。そして、できれば長期間やりたいですね!単日では浸透しないなと、改めて実感したので。

  • 紅村

    紅村

    また忙しい日々がはじまる予感……!(笑)