映画『PERFECT DAYS』
矢花 宏太
BUSINESS PRODUCE
プロジェクトプロデューサー。CR、事業戦略、PR、プロモーションなど領域にとらわれず、柔軟にプロジェクトをデザイン/プロデュースしていくことを志している。2022年、ビジネスプロデュース局のなかにクライアント横断型プロデューサーチーム「プロジェクトデザインルーム」を立ち上げ、2024年からCR領域で同様のチームを設立。プライベートでは、年齢に関係なく自己成長を実感できるマラソンに熱中。
秋山 駿
BUSINESS PRODUCE
プロジェクトプロデューサー。数年前、とある新聞広告をつくる仕事で矢花さんと出会い、そのプロデュース力に衝撃を受ける。やがて自身もプロデューサーとしての道へ。プロジェクトデザインルーム所属。今回のプロジェクトには、映画撮影後から参加。映画だけに閉じず、プロジェクトをさまざまな領域へと拡張させていった。
INTERVIEW /01
犬タビュアー
矢花
「THE TOKYO TOILET」は、ユニクロの柳井康治さんが中心となって取り組んでいたプロジェクトです。せっかくトイレが美しく生まれ変わったのに、毎日清掃しても汚く使われてしまう現状に「最高のメンテナンスは、みんながきれいに使うことじゃないか?」と考えた柳井さんが「日本人の意識を変えるにはどうしたらいいだろう?」と、クリエイティブ・ディレクターの高崎さんに相談があったのがはじまりでした。
矢花
以前お仕事をしたご縁があったのと、僕が特定のクライアントやプロジェクトを持たず、横断的に動くチームにいたこともあって、ぜひやるべきだと声をかけてもらいました。2021年の12月、会社の1階で偶然すれ違った時に「元気してる?そういえば……」と突然でしたね(笑)。
「汚い、くさい、暗い、怖い」として利用者が限られている公共トイレの現状を変えるため、
性別、年齢、障害を問わず、誰もが快適に使用できる公共トイレを作るプロジェクト。
世界で活躍する建築家やデザイナーが参画し、渋谷区17カ所のトイレを生まれ変わらせた。
矢花
向き合う課題は「トイレをきれいに使ってもらうために、みんなの意識や行動を変えていくこと」。そのための手段として、最初はマナーを啓発するCMなども考えていました。しかし、使う人の意識を変え、このトイレを文化として残していくことを考えたときに、CMで課題解決を目指すのは難しいのではないかと。たとえば、アートの力を借りることで、人々の記憶に深く残していくことができないだろうか?と雑談や理想的な姿を考え議論しながら、だんだんと「映画」という構想が広がっていきました。
矢花
もちろんありませんでした(笑)。でも「できません」とは言わずに、どうすれば実現できるかを考えていきました。映画をつくるにはどんな方法があるのか、どういう人が必要なのか、といったことをひとつずつ整理することからはじめましたね。
秋山
高崎さんも、共同脚本というかたちで映画製作のフロントに立ってクリエイティビティを発揮されていました。ほぼ全員がはじめての挑戦に対して、手探りで向き合っていたと思います。
矢花
「クリエイティビティ」って、アイデアを思いつく時に必要なものというイメージがありますが、アイデアを実現する時、つまりプロデュースする時も同じくらい、クリエイティビティが必要だと僕は思っています。たとえば、ヴィム・ヴェンダース監督にオファーする際「映画を撮ってください」といきなり交渉するのではなく、さらに「THE TOKYO TOILET」の紹介もほどほどに「何を撮影するとは決めずに、奥さまと一緒に東京にいらっしゃいませんか?」という柳井さん、高崎さんからのお手紙を送りました。彼は東京好きで知られていたので、とにかく東京に来てもらうことで交渉の余地をつくれないかと考えたんです。
だから、ヴィム監督に来日していただくことになった時には、まだ具体的にどんなものを制作するか決まってない段階で(笑)。それでも、今後の具体的な動きの仮説を立てながら、記者発表会を開催したんです。「何かをつくります!」と宣言する制作発表会。大きなプロジェクトが動き出す期待感をつくり、ヴィム監督を乗り気にさせながら(笑)。その後、結果として監督本人から「映画を撮りたい」という想いを引き出すことができました。これはほんの一例ですが、プロジェクトの進行や話し方にもクリエイティビティを込めることを常に意識しています。
矢花
プロジェクトに想像以上の大きな価値を生み出すためには、「変数」を加えて化学反応を起こしていくことが重要だと思っています。だからまずは、好奇心をモチベーションに動くようにしていました。スケジュールや予算の心配や責任は先立つものじゃなく、あとから埋めていくものだと思うんです。実現可能性を気にする前に、ワクワクしながら進めていくことを心がけていますね。
2022年5月11日に行われた「THE TOKYO TOILET」プレスイベント。
INTERVIEW /02
秋山
今回は映画をつくることがゴールではなかったですからね。「公共トイレを美しい状態に保つ」という大目標の実現に向けて、さまざまな変数を掛けあわせていきました。
秋山
映画を起点としたアクティブラーニング「TOHO CINEMAS BOAT」をTOHOシネマズさんと東宝さんとで共同開発しました。『PERFECT DAYS』の舞台となったトイレを子どもたちと一緒に掃除し、映画を鑑賞した後に「どうしたらみんなにトイレを大事に使ってもらえるか」を考えるワークショップを実施したんです。
矢花
自分が清掃したトイレが映画に登場するので、2時間の映画も興味を持って見ることができる。そして、鑑賞後に「どうやったらトイレをキレイに使えるのか?」と子どもたちに問いかけると、トイレをカラフルにした絵を描いたり、あだ名をつけたら愛着が湧くんじゃないか?など、ワークショップではたくさん面白いアイデアが出ていましたよ。
新聞をつかって、全国の子どもたちの参加を募集。
「TOHO CINEMAS BOAT」は東宝グループの
サステナブルなプロジェクトに。
秋山
他にも、イベントとしての広がりでいうと、映画公開直前の「第36回東京国際映画祭(2023)」の審査委員長にヴィム監督が就任することでの連携の相談を事務局からいただき、東京国際映画祭の中心となる事業も担うことになりました。2023年は日本映画の巨匠、小津安二郎監督の生誕120周年というタイミングで。日本だけでなく世界中にファンが多く、ヴィム監督が最もリスペクトしていた監督ということもあり、何か企画できないだろうか?というように、変数の掛け合わせがどんどん重なっていったんです。
矢花
東京国際映画祭の関係者も、ヴィム監督と連携しながら小津監督生誕120周年の企画を素晴らしいものにしたいという想いがあって。僕たちの作品もアジア最大級といわれる映画祭のオープニング作品に選ばれたり、ヴィム監督来日記念で先行上映が決まったりと、大きく盛り上がりをつくれる絶好の機会だったので、『PERFECT DAYS』を広く知ってもらいたいという想いと掛け算しながら、最適解、最大解になるよう、考えていきましたね。
東京国際映画祭の様子。ヴィム監督が小津監督を語るムービーやトークセッション、
小津映画をデジタル化して上映するイベントなど、さまざまな機会が生まれた。
秋山
また、高崎さんがJ-WAVEでラジオ番組を持っていた縁もあり、J-WAVEさんと一緒に「映画公開前に特集企画をつくりませんか?」という話になり。『PERFECT DAYS』が音楽をぜいたくに使った映画なので、劇中の楽曲を日本のミュージシャンに生演奏でカバーしてもらう企画に仕上げ、リッチなコンテンツをつくったんです。そして「せっかくなら、その様子をリアルタイムで映像配信するのはどうだろう?」と考えて、ABEMAさんにもご協力を依頼しました。J-WAVEとABEMAのコラボは、今回が初だったそうです。
矢花
映画の特集を組んでもらえるという僕たちのメリットと、クオリティの高い音楽コンテンツを提供できるというJ-WAVEのメリット、そしてカルチャー的な番組をつくりたかったABEMAのメリット、みんながうれしい掛け算だったんです。自分たちの武器を相手に渡し、代わりにこれやってくださいと、わらしべ長者をずっと繰り返すことでプロジェクトが大きくなっていった感覚がありました。
秋山
チームでも「みんなで“雪だるま”を大きくしよう」と話していましたよね。そのために、同時並行して仕事することも大事だなと感じました。自分のなかにストックしている別の人の課題や、やりたいこと、提供できる武器を掛け算して、編集して、膨らませていく。そこに生まれる驚きや楽しさが、仕事の醍醐味(だいごみ)だなと。
矢花
想いに想いを重ねていくと、大きな原動力になると感じていて。プロジェクトから派生する「タスク」をプロデュースするのではなく「プロジェクトに集うメンバーの想い」をプロデュースする意識の大切さを、今回のプロジェクトで学んだように感じます。
矢花
まさに細胞分裂のように、どんどん仕事が増えている状況です(笑)。でも、こうしてプロジェクトを大きく広げていったからこそ、映画も多くの人に届いたんじゃないかと。映画の力はもちろんですが、プロデュースの価値にも手応えを感じる仕事になりました。
INTERVIEW /03
矢花
予想しなかった出会いや偶然性がつながることをヴィム監督が「アーチが架かる」と表現し「アーチが架かる物語をつくることに、映画の意味がある」とおっしゃっていました。これはプロデュースワークにも当てはまることだと強く思いました。実現力って、計画通りに進めることだけじゃなくて、偶然の要素も含めてすべてを実現していくことで。想定外のことが起きても、どうしたらより良くできるかを考え続けていくことが大切だなと。
矢花
大事なのは、ブレない本質的なゴールを定義すること。そして、常に仮説を持っておくことじゃないでしょうか。アイデアを考える前に、自分なりの仮説を持って構想しておく。習慣にすると、仮説の精度も上がってくるし、プロデュースの幅も広がる感覚があります。
秋山
矢花さんは雑談力と初動のスピードがすごいんです。以前、別のプロジェクトで先方の役員がポロッとこぼした言葉をきっかけに、その場で悩みを聞き、参考になりそうな事例を紹介しながら、やるべきことをディスカッションして、進むべき道筋を図式化した全体像を即興で描き上げていました。で、翌日には200ページを超える企画書にまとめて持っていくという……。これも、常日頃のインプットを惜しまず、常に仮説を用意しているからこそできることだと思います。
矢花
そんなことあったっけ(笑)。一方で、頼れる人のネットワークを持っていることも重要です。仕事はひとりではできないので、信頼しあって、一緒に最後までやり抜いてくれる人を仲間にすることが、のちのアウトプットに響いてくると思います。
渋谷に掲出されたOOH(屋外広告)。
高崎の発案で、改装中のTSUTAYAをOOH媒体として新しく開発。
INTERVIEW /04
秋山
「やったことないことをやろう!」というのが目標だったのではなくて。いろんな変数を掛けあわせて、目の前のプロジェクトの与件を超える。そのために、プロデューサーの役割や常識を自然と越境していったのだと思います。
矢花
このプロジェクトは広告から逸脱した仕事にも見えますが、ベースの思考回路は、じつは広告と同じなんです。広告で大切だと言われる「課題発見」って「可能性発見」でもあるなと思っていて。たとえば、北海道のボールパークだって、「北広島に球場をつくる」という与件に応えるだけじゃなく、「街づくり」だと捉え、これからの未来をつくることになるという「可能性発見」があったからこそ、大きな価値が生まれていった。これまで僕たちが広告領域で培ってきた頭の使い方は、どんな仕事においてもますます求められるんじゃないかと思います。
秋山
与えられた役割以外のことだって勝手にやっちゃおう、という意識を持っていると仕事は楽しくなりますよね。配属先がどこの部署であろうと、クリエイティビティの力で課題を解決するということはどこの部署にいても変わらないと思うので、自分の持つ武器を最大限生かしてやりたいことをやればいいと思いますし、むしろその越境する力が今かなり求められている気がします。
矢花
早いうちから自分の役割や軸足を決めすぎずに、いろんな仕事に触れて、いろんな人の話を聞いて、どんどん越境していくといいと思います。知らないことに出会うって、新鮮でワクワクするし、知らないこと=まだ成長できる余地がある証しですよね。僕もいくつになっても自分に伸びしろがあることを実感していたいです。