LIFE

Voice Watch

Voice Watch

スポーツ観戦の熱狂から視覚障害者を取り残さず、健常者と視覚障害者が一緒になって観戦を楽しむことができる社会を目指して。スポーツ実況生成AI「Voice Watch」は、プロのアナウンサーと比べても遜色ない実況をリアルタイムに生成することで、視覚障害者のスポーツ観戦に新たな道を開こうとしている。モータースポーツを起点にさまざまなスポーツへの導入が進められているほか、特定の選手の応援にフォーカスした「推し実況」なども展開。その革新性は、100年以上の歴史を持つデザイン賞である、NY ADC賞のAI部門で最高賞を受賞するなど世界的に評価され、グッドデザイン・ベスト100にも選ばれた。その開発背景や今後の展望について、プロジェクトリーダーである志村と、ビジネスプロデューサーの児玉に聞いた。

INTERVIEW

  • 志村 和広

    志村 和広

    CREATIVE

    クリエイティブディレクター。企業や商品のブランディングのみならず、社会の課題をクリエイティビティで解決するプロジェクトを多く手がける。目標は、世界を変える発明家になること。趣味は釣り。マグロの仕事もしています。

  • 児玉 匡史

    児玉 匡史

    BUSINESS PRODUCE

    ビジネスプロデューサー。さまざまなプロジェクトの「実現」に向けて伴走支援しています。Voice Watchでは、プロジェクトの進行管理や渉外活動の取りまとめなど。電通アイスホッケー部に所属。自称エース。

INTERVIEW /01

スポーツ観戦の
情報格差をなくすために

  • 犬タビュアー

    犬タビュアー

    Voice Watchは、どのようなきっかけでスタートしたのですか?
  • Voice Watch システム画面

    Voice Watch システム画面

    AI実況でモータースポーツを楽しむ観客たち

    AI実況でモータースポーツを楽しむ観客たち

  • 志村

    志村

    始まりは、ウェブで偶然見かけたトヨタ・モビリティ基金の公募です。「障害のある方が、心からモータースポーツを楽しむためには?」という課題でした。当時は育休中で、これからはもっと社会のためになる仕事をしたいと考えていたところだったので、面白いかもしれないと思い、チームを組んでエントリーしました。

  • 児玉

    児玉

    「まだ中身は言えないんだけど、一緒に仕事しない?」という電話をいただきまして(笑)。求められるのはうれしいですよね。思い付いた選択肢は3つで、「イエス」か「はい」か「ありがとうございます!」でした。

  • 志村

    志村

    まずは電通グループの企業で働く視覚障害者のメンバーを紹介してもらい、直接話を聞きました。話を聞くまでは、「モータースポーツの会場に行くための移動をどう実現するか?」といった課題を想定していたのですが、実際に視覚障害者の方の話を聞いてみると、「そもそも会場に行っても、何が起こっているのかよくわからない」「みんなが盛り上がっていても、自分たちはそれに乗れないから行く気がしない」といった意見をいただくことができました。視覚障害者と健常者の間には、同じ会場にいながら情報格差があるんだと気づかされましたね。そこで、「健常者と視覚障害者が一緒にスポーツ観戦を楽しむことができる社会をつくる」ことを目標に公募にエントリーしたのが、リアルタイムスポーツ実況生成AI「Voice Watch」でした。

  • 児玉

    児玉

    テクノロジー面での実装は電通デジタルと協業して進めていきました。志村さんが企画に集中してもらえるよう、実現性を検証するのが僕の仕事でした。

  • 犬タビュアー
    クライアントの依頼からではなく、自主的にスタートしたプロジェクトなんですね。
  • 志村

    志村

    新しいものを生み出すためには、誰かの依頼を待つのではなく、自分から仕掛ける姿勢が必要だと思います。「この社会のために、どんな問題を解けばいいんだろう?」と自分に問いかけることで、クリエイティビティが生まれるんです。僕は学生時代、バイオテクノロジーの研究をしていたのですが、「世界を変える発見には、ロジックだけではなく、想像力とアイデアが必要だ」と気づき、アイデアの仕事をしたいと思うようになりました。自分で問いを立てて仮説を検証する、という仕事の姿勢は、当時から変わっていませんね。

INTERVIEW /02

現場の声から生まれた、
予想外の展開

  • 犬タビュアー
    Voice Watchを体験した方の反応はどうでしたか?
  • 児玉

    児玉

    視覚障害者の方からは、「レースを楽しむことができた」「Voice Watchがあればスポーツ観戦に足を運んでみたい」という声をいただきました。レースが理解できることも重要なのですが、友達や家族と一緒になって、会場の波と空気に乗れることが楽しいという感想が多かったですね。

  • 志村

    志村

    意外だったのは、健常者の方にも「自分たちが使っても、レース展開がわかりやすくて、面白い。観戦が楽しくなった」と言っていただけたことです。これも新しい観戦体験になるんだな、という発見がありました。これに手応えを感じて、モータースポーツ以外にも取り組みを広げることにしたんです。同時に、現場の意見を聞きながら、AIの機能も拡張していきました。たとえば水泳の世界大会では、「日本の選手を応援したい」という要望に応じて、特定の選手に注目して実況を生成する「推し実況」を実装しました。

  • 児玉

    児玉

    そして迎えた大会当日。日本の選手がメダルの圏内に入ったとき、視覚障害者のおばあちゃんが、周りの人たちと同じタイミングで席を立って、同時に声を出していたんです。プロジェクト開始時に描いた世界が実現していて、感動しましたね。

  • 志村

    志村

    プロジェクトを通じて多くの視覚障害者の方々と話す中で、「どんなスポーツにVoice Watchを導入してほしいですか?」と聞いたところ、いちばん多かった答えが「子どもの運動会」だったんです。「自分の子どもを応援したいけど、子どもが見えないからいつも寂しい思いをしている」と。野球とかサッカーとか、そういう答えを想像していただけにびっくりし、それを聞いた時は鳥肌が立ちましたね。そこで有明で開催された運動会で、Voice Watchを実施しました。

  • 子どもの運動会で、小学生50メートル走のAI実況を生成

    子どもの運動会で、小学生50メートル走のAI実況を生成

  • 犬タビュアー
    現場の声を聞きながら、アイデアを成長させているんですね。
  • 志村

    志村

    いつも現場で、リアルな声に耳を傾けることにこだわっています。そこでヒントをもらって、「そうか、生み出したアイデアが、こんなことにも使えるんだ」と次に展開させていけるのが、この仕事の醍醐味(だいごみ)ですね。今後は多言語に対応させたり、実況できるスポーツの種類も増やしていくつもりです。

  • 児玉

    児玉

    この仕事では全国のサーキットに足を運んだのですが、その経験が役に立ちました。新しいテクノロジーを実現するのって、本当に難しくて。理論と実践は違うので、現場に行かないとわからない課題がたくさんあるんですよ。

  • 志村

    志村

    レンタカーを借りて、児玉さんに運転してもらって行ったんだよね。

  • 児玉

    児玉

    車内でチームメンバーとたくさん会話できたのはいい思い出です。その日トライしたことのまとめとネクストアクションを議論できる貴重な時間でもありました。

  • 初年度の実証本番を無事に終えて安堵

    初年度の実証本番を無事に終えて安堵

INTERVIEW /03

アイデアがあれば、
テクノロジーが追いついてくる

  • 犬タビュアー
    志村さんは、「TUNA SCOPE」など、AIを活用したプロジェクトに関わり続けていますね。
  • 志村

    志村

    TUNA SCOPEは、マグロの尾の断面から瞬時に品質を判定するAIです。大量の断面画像データと熟練の職人による品質判定データのディープラーニングによって、職人の「目利き」をAIに学習させるプロジェクトでした。開発を進めていた2018年は、AIがここまでのスピードで進化すると思われていなかった時代でしたが、当時からAIの可能性を肌で感じた経験が、Voice Watchのアイデアにも生きていると思います。

  • マグロの目利き職人の技を引き継ぐ「<a href="https://tuna-scope.com/jp/" target="_blank">TUNA SCOPE</a>」は、職人の後継者不足を解決している

    マグロの目利き職人の技を引き継ぐ「TUNA SCOPE」は、職人の後継者不足を解決している

  • 犬タビュアー
    アイデアは、テクノロジー起点で生まれることが多いのでしょうか?
  • 志村

    志村

    …と思われがちなんですが、じつは逆なんです。どんな社会にしたいか、どんなアイデアをつくるかを先に考えて試行錯誤しているうちに、テクノロジーが追いついて実現できるようになることが多いんですよ。今回も、「健常者と視覚障害者の情報格差をなくす」というゴールを決めた後で、プロジェクトを進める中でAI技術が進化して、実況を生成するAIが開発できたんです。

  • 犬タビュアー
    TUNA SCOPEのアイデアは、どのように浮かんだのですか?
  • 志村

    志村

    もともと僕はマグロが好きで、「なんでマグロの味にばらつきがあるんだろう?なんとかおいしいマグロだけ見分けられないかな」と思ったことがきっかけなんですよ(笑)。

    技術発想で企画を考えることもできますが、それだとみんな考えることが似てしまうので、独自性の高いアイデアは浮かびづらいですよね。だから、個人の感性からアイデアを考えることが重要だと僕は思います。自分が何を感じて、何があれば世の中は面白くなるのかを考える。そういった視点で仕事ができるのが、電通の面白さだと思いますね。

INTERVIEW /04

前例がない仕事をするために、
自分がいちばんワクワクする

  • 犬タビュアー
    アイデアを実現するために、大事にしていることはなんですか?
  • 志村

    志村

    僕はアイデアを思いついたら、「前例がないか?」「社会性があるか?」をまずチェックします。世の中の課題は新しいアイデアでしか解決できませんし、経済や世論を動かす社会性がないと応援してもらえません。でも、それ以上に大事にするのは、「ワクワクできるか?」という点です。自分の限られた人生を使って実現することなのか、自問自答します。世の中を変えるアイデアは最低3年くらい続けないと実現しないので、ワクワクできないと、自分もチームも心が持たないからです。お金があればなんでもできるわけではなくて、ワクワクできなければモチベーションは生まれません。そのためにも、まずは自分がワクワクすることを大事にしています。

  • 児玉

    児玉

    仕事においてワクワクを大事にしている人が、電通には多いです。私の場合はプロデューサーですので、担当するプロジェクトについて、収益性や運用効率なども含めてビジネスとしての持続可能性が求められます。そこまで含めて「実現」と捉えることを意識しています。ただそれも、自分自身がそのプロジェクトにワクワクしていないと気持ちが続かないですよね。

  • 志村

    志村

    キャリアを振り返っても、ワクワクする方へ進んできた結果、今の自分があると思っています。学生時代にバイオテクノロジーの研究をしていた頃は、まさか自分がクリエイティブディレクターとして社会の課題解決に取り組んでいるとは想像もしていませんでした。進むべき道を選ぶとき、「今の自分にできることは何か」よりも、「何をやっているとき自分がいちばん夢中になれるか」の方が大事だと思っています。学生の皆さんにも、今の自分が得意なことにとらわれずに、ワクワクする仕事を選んでほしいですね。