LIFE

ヘラルボニー

ヘラルボニー

“ヘラルボニー”という会社をご存じだろうか。主に知的障害のある作家が描く独創的なアートを社会に広げていくことをミッションとしている株式会社だ。作品はライセンス契約を通じてファッションやインテリアなどへ展開され、持続可能なビジネスとして広がりつつある。電通はヘラルボニーとパートナーシップ契約も結び、経営やブランディング、広告制作まで、同社のビジネスに幅広く伴走してきた。2025年には世界最大の広告賞であるカンヌライオンズでゴールドを受賞し、ヘラルボニーのグローバル展開を後押ししている。その現場を支える電通の4人に話を聞いた。

*ヘラルボニーは、双子の兄弟である松田崇弥氏・文登氏によって2018年に設立された。社名の「HERALBONY」は、重度の知的障害を伴う自閉症のある兄、翔太さんがノートに書き残した不思議な言葉「ヘラルボニー」に由来する。

INTERVIEW

  • 長谷川 輝波

    長谷川 輝波

    CREATIVE

    クリエイティブディレクター・コピーライター。知人の紹介をきっかけに、起業から間もないヘラルボニーと出会い、PRやSNSのコンサルなどをサポートするようになる。世界最大の広告祭カンヌライオンズではプロジェクトのプレゼンターをつとめた。現在はクリエイティブディレクターとして、広告制作に限らず幅広いプロジェクトを担当。趣味は立ち飲み、銭湯。

  • 山口 さくら

    山口 さくら

    CREATIVE

    アートディレクター。2021年から長谷川とともにヘラルボニーの広告制作に関わるようになり、現在はヘラルボニーのブランディングを、おもにビジュアル面でサポート。趣味は料理やインテリア、旅行。

  • 鈴木 雄飛

    鈴木 雄飛

    CREATIVE

    コミュニケーション・クリエイター。さまざまな課題に対し、領域にとらわれない打ち手を生み出していく新職種としてさまざまな企画を立案。ヘラルボニーでは新規事業の企画や、中長期の戦略づくりも担当している。趣味は、勉強とアートとシーシャと旅。

  • 松江 由紀子

    松江 由紀子

    BUSINESS PRODUCE

    プロジェクトデザイナー・ビジネスプロデューサー。ヘラルボニーと出会い、クライアントと広告会社という関係を超えたパートナー契約「Future Creative Partnership」を締結、ヘラルボニーの成長に伴走している。3児の母でもあり、休日は子どもと遊ぶのが楽しみ。

INTERVIEW /01

「かわいそう?」から
始まった出会い。

  • 犬タビュアー

    犬タビュアー

    “ヘラルボニー”って、どんな会社ですか?
  • 長谷川

    長谷川

    ヘラルボニーは、主に知的障害のあるアーティストとともに新しい文化をつくる企業です。2,000点以上のアートデータのライセンスを管理し、さまざまなビジネスへ展開しています。支援ではなく、対等なビジネスパートナーとして作家の意思を尊重し、正当なロイヤリティを支払う仕組みを整えています。

  • 山口

    山口

    最近は、街中でもヘラルボニーのデザインを目にすることが増えていますよ。

  • 自社ブランド「HERALBONY」ではアパレルプロダクトを展開。企業とのコラボにより日用品などにも展開されている。

  • 犬タビュアー
    電通とヘラルボニーの関係は、どのように始まったのでしょう。
  • 長谷川

    長谷川

    2019年に、知人の紹介でヘラルボニーの松田社長とお会いしたのがきっかけです。当時、まだ創業初期だったので、最初は電通の仕事というよりは、個人のレベルで何か関わってもらえないかというご相談をいただきました。

  • 犬タビュアー
    もとから関心があったのですか?
  • 長谷川

    長谷川

    個人的な話ですが、私には障害のある親戚がいて。小さい頃から「障害のある人を助けなきゃ」という思いが強く、手話などの勉強もしていました。しかし、松田さんとお会いした時に、ヘラルボニーのグッズをいただいて、そこに描かれたアートに心を大きく揺さぶられました。そして松田さんから「障害のある人は本当に“かわいそう”なんでしょうか?アートの力で、そんな世の中のイメージを変えていきたいんです」と言われ、その考え方に衝撃を受けたんです。

  • 犬タビュアー
    そこで考えが変わったんですね?
  • 長谷川

    長谷川

    はい、そこで本格的に会社の仕事として始めて、PRやSNSのコンサルから関わりはじめました。最初に世に出た仕事が、アートディレクターの山口さんと二人でつくった、「鳥肌が立つ、確定申告がある。」という広告です。重度の知的障害のある方がヘラルボニーに作品を提供し、ライセンス契約を結ぶことで、ご両親からの扶養の基準を超えて、確定申告をできるほどの収入を得られるようになった。その連絡を受けた時、世界が変わりつつあることを感じ、鳥肌が立ったという事実を伝えました。

  • 山口

    山口

    ポスターは、確定申告の書類をそのまま掲載するデザインにしました。障害をテーマにした広告は、「支援」のように見えがちですが、ヘラルボニーと障害のあるアーティストは対等なビジネスパートナー。だからこそ、うそがない、リアリティあるものにしたかったんです。

  • 実際の確定申告書を掲載したポスター。国内最大の広告賞ACC賞のPR部門グランプリを獲得するなど、話題を呼んだ。

    実際の確定申告書を掲載したポスター。国内最大の広告賞ACC賞のPR部門グランプリを獲得するなど、話題を呼んだ。

  • 長谷川

    長谷川

    この広告が国内で評価され、話題になったこともあり、ご相談いただける仕事の幅も広がっていきました。

  • 山口

    山口

    社会的に意義のある企業だと思っていたので、力になれてうれしかったですね。

  • 伊藤忠商事とのコラボ、阪急うめだ年間ストアメッセージの開発など、 長谷川と山口を中心に仕事を広げた。

INTERVIEW /02

クライアントから、パートナーへ。

  • 長谷川

    長谷川

    こうして一定の成果を残せたことで、「長期的な事業のサポートをしてほしい」というご相談をいただくようになりました。そこで社内にも声をかけ、鈴木さんと松江さんも交えたチームを組み、より本格的に関わることになったんです。

  • 鈴木

    鈴木

    僕はふだん、広告だけでなく、事業の成長戦略まで含めた企画を考える「コミュニケーション・クリエイター」という仕事をしています。たまたまヘラルボニーで働いている友人がいて、会社についてはよく知っていたので、相談を受けたときは、ヘラルボニーのこれからの可能性を想像してワクワクしましたね。

  • 松江

    松江

    私はプロデューサーとして、プロジェクトを進行する役割です。相談を受けて、ヘラルボニーの未来を考える上で、ヘラルボニーのみなさんが電通チームと思いを共有しアイデアを重ね合わせることが必要だと感じました。そこで、「クリエイティブセッション」というセッションを開き、まる一日かけて未来を可視化する機会をつくりました。すると、その場でヘラルボニーのみなさんと電通チームがすごく共鳴して、アイデアがたくさん出たんです。

  • 2024年に開かれた最初のクリエイティブセッションの様子。<br />クライアントと広告会社という立場を超えてフラットに意見を出し合い、ヘラルボニーの未来を共有した。

    2024年に開かれた最初のクリエイティブセッションの様子。
    クライアントと広告会社という立場を超えてフラットに意見を出し合い、ヘラルボニーの未来を共有した。

  • 犬タビュアー
    2024年8月には、正式なパートナーシップが始まっていますね。
  • 松江

    松江

    はい。電通初の試みとして、「Future Creative Partnership」というパートナーシップ契約を締結しました。クライアントから発注をいただいてアウトプットを納品する、という既存のビジネスモデルにとらわれず、対等なパートナーとしてビジネスに伴走するためのチャレンジになります。

  • 犬タビュアー
    具体的には、どんな関係性でパートナーシップを続けているのでしょうか?
  • 松江

    松江

    事業コンサルとして日々の相談に向き合うことはもちろんですが、3週間に1回、ヘラルボニーの松田社長や電通の役員も参加して、電通社内でセッションを開いていることが特徴です。アジェンダをこなすだけではなく、未来について、全員が意見を出し合うようにしています。事業の話と広告の話を、並列に話し合っているイメージです。

  • 鈴木

    鈴木

    まだスタートアップなので、事業のスピードはとても速く、柔軟です。だからこそ、僕たちも肩書にしばられずにアイデアを出し合っています。先日は、「アートに関係なくても、障害のある方々と価値を生むために何ができるだろう」という視点で話し合ったりもしました。

  • 山口

    山口

    私はアートディレクターとして、会話しながらその場で意見やビジュアルを出すこともあります。短時間でアイデアを出すのは難しいですが、これまでにその課題に対して自分なりの考えを持つようになったことや、蓄積した関係性があるからこそ、スピード感を持ってアウトプットできるのだと思います。

  • 犬タビュアー
    まさにパートナーとしての関係性になっているんですね。
  • 松江

    松江

    このプロジェクトではコミュニケーション領域にとどまらず、ビジネスの支援までを担えるような体制を組んでいます。具体例の一つとして、電通ベンチャーズのSGPファンド(スタートアップ企業の支援をミッションとする専門組織「スタートアップグロースパートナーズ」と、株式会社電通グループのコーポレート・ベンチャーキャピタル・ファンド「電通ベンチャーズ」が共同展開するファンド)からヘラルボニーへの出資も行い、SGPから同社に出向しているメンバーとも協力をしながらプロジェクトを進めています。さらに電通グループの海外拠点メンバーとも情報共有を行い、私たちもパートナーとしての可能性を拡大できるよう、日々新しい方法を模索しています。

INTERVIEW /03

海外展開と「HOPE CREATIVITY」

  • 犬タビュアー
    このプロジェクトは、世界最大のクリエイティブの祭典・カンヌライオンズでも評価されましたね。
  • 鈴木

    鈴木

    「賞」というと、華々しい印象を受けるかもしれませんが、ただ目立つためだけに賞を目指したわけではなくて。世界的な権威があるカンヌライオンズを取ることで、海外でのビジネス展開をサポートするという明確な目的がありました。

  • 松江

    松江

    ヘラルボニーは、2024年にパリでHERALBONY EUROPEを立ち上げ、海外展開を始めています。海外でIP(アートやデザインの著作権・商標などの知的財産)ビジネスを展開するときにも、この受賞のファクトが有効に働くはず、というもくろみでカンヌを目指すプロジェクトに着手しましたので、受賞という結果につながり本当に良かったです。

  • 2024年、ヘラルボニーはパリにも拠点を構え、海外展開の足がかりとしている。

    2024年、ヘラルボニーはパリにも拠点を構え、海外展開の足がかりとしている。

  • 長谷川

    長谷川

    カンヌでは、性別・人種・障害などの見えない偏見や社会課題に立ち向かう姿勢を評価する Glass 部門でゴールドを受賞することができました。ヘラルボニーが評価されたポイントは、知的障害のある作家さんの繰り返しの行動から生まれるアートを、一点もののアートではなく、展開性のあるIPとしてビジネスにしたこと。それによって企業とコラボしやすくなり、作家さんへもライセンス利用料として収益の一部を還元することができ、インパクトと持続性を生み出せることが新しいアイデアだと認められました。私はカンヌの現地にも行ったのですが、海外の方からも「障害のある方のアートをブランド化するビジネスは海外にもあるけど、IPとして売るモデルはなかったよ」と言われました。

  • カンヌライオンズGlass部門でゴールドを受賞したヘラルボニーと電通チーム。さらに現地で行われた公式セミナーに長谷川が登壇し、ヘラルボニーと電通の協業をプレゼンテーションした。

  • 松江

    松江

    ヘラルボニーが契約アーティストに支払う作家報酬の年間累計金額は、この4年で25.5倍に伸びています。慈善ではなく、ビジネスとして継続するモデルになっているんです。

  • 長谷川

    長谷川

    もともとヘラルボニーのみなさんが考えたアイデアではありますが、グローバル視点やビジネスの文脈に載せて、世界でも評価されるお手伝いができてうれしかったですね。カンヌへの応募に合わせて、「Beyond Labels(社会にあるさまざまなレッテルを超え、ありのままの個性を尊重する)」というグローバルタグラインをお披露目できたこともよかったです。

  • 犬タビュアー
    チームが前向きに進んでいることが伝わってきますね。
  • 鈴木

    鈴木

    ヘラルボニーと仕事をしていると、「希望」を感じることがとても多いんです。松田社長のSNS投稿で、あるお母さんが「ヘラルボニーの活動を知って、子どもに障害があるとわかりましたが、産むことを決めたんです」という話を目にしました。ヘラルボニーの商品は、ただの高級なアートじゃない。関わる人が希望を持てるようになる活動なんじゃないかと思い、「HOPE LUXURY」という概念を提案したところ、ヘラルボニーのみなさんからもすごく共感していただけました。

  • 長谷川

    長谷川

    そこから、チーム全体にも「HOPE」という考え方がインストールされたんです。従来、障害をテーマにしたクリエイティブは、課題を啓発するという、どこかネガティブなアプローチが多かったと思います。でも、ヘラルボニーと関わる中で、クリエイティブには障害の可能性や希望など、ポジティブな面に光を当てる役割があると確信しました。障害のある方を、支援される側に固定せず、その人の異彩が当たり前に尊重される「HOPE CREATIVITY」を目指したいと考えています。

  • 山口

    山口

    会議するときでも、HOPEの空気感がありますよね。アウトプットだけじゃなく、プロジェクトの進め方でもHOPEを感じるのがこのチームのいいところだと思います。

INTERVIEW /04

Withヘラルボニー、これからの歩み

  • 犬タビュアー
    今後の展開にかける想いを教えてください。
  • 松江

    松江

    私はこの仕事を通じて、自分の世界が広がりました。障害に対する捉え方や価値観が変わったし、それがうれしいんです。そうやって新しい景色を見せてもらっているからこそ、私もヘラルボニーが新しい景色を切り開くサポートをしたいという想いがあります。他のクライアントとのコラボレーションや海外展開などをサポートすることで、パートナーとして一緒に取り組んだからこそ到達できた景色をヘラルボニーと電通のプロジェクトチームで一緒に見たい、パートナーとしての電通の価値を感じてもらいたいです。だから、ヘラルボニーのために働く「forヘラルボニー」の意識だけではなく、ヘラルボニーと一緒に働く「withヘラルボニー」という関係性を築いていきたいと常に考えています。

  • 鈴木

    鈴木

    電通とヘラルボニーは、本当の意味でパートナーなんですよね。クリエイティブ的にいうと、僕たちもアイデアを提案はするけど、社長の松田さん含めてみなさん、クリエイターなんですよ。だから、誰がアイデアを出してもいいし、だからアイデアは自分だけの手柄にならず、みんなで育てていく。そういう関係値が、これからの働き方のヒントになるかもしれませんね。今はAIで検索や相談ができる時代ですが、みんなの意見を取り入れて、今の自分には理解できないことでもおもしろがって、広げていかないと、おもしろい場所には行けないですよね。あさっての方向から来る仕事を楽しんで、自分の人生をおもしろがっている人が、世の中をおもしろく変えていける人なんだと思います。

  • 山口

    山口

    私もこのプロジェクトを、ただの仕事とは思っていません。この3年で自分の考え方や価値観が変わったように、ヘラルボニーという会社を通して、社会が変わっていくといいなと思っています。ヘラルボニーが有名になる頃には、障害が世の中で当たり前のものとして受け入れられているはずなので。そのために大切にしているのは、電通のアートディレクターとして培ったスキル。障害って、どうしても左脳的に「正しいこと」として判断されがちですが、右脳的に「かっこいい」と感じられるデザインをつくることで、もっと応援されるブランドにできればと思います。

  • 長谷川

    長谷川

    ナイキを世界的なブランドに押し上げた有名なクリエイティブディレクターに、ダン・ワイデンという方がいます。私は、ナイキとダン・ワイデンの関係性に憧れているんです。クライアントと広告会社が、お互いに刺激を与え合っている関係性ってすてきだなって。ですから、私もこのチームの一員として、いつかヘラルボニーをグローバルブランドにするお手伝いを二人三脚でできたらうれしいなと思っています。広告づくりではなく、あらゆる偏見や常識を超えていくような運動体、社会づくりをしていきたいし、そういうパートナーになりたい。これからは、知的障害だけではなく、さまざまな障害に対する偏見を取り除いていくような挑戦もしてみたいと思っています。