LIFE

メリット「家族と愛とメリット」

メリット

「家族と愛とメリット」

発売から50年以上の歴史を持つロングセラーブランド、花王「メリット」は、2024年4月に新CMシリーズ「家族と愛とメリット」を公開。このシリーズはSNSでも共感を呼び、TCC賞グランプリを受賞するなど多くの反響を集めている。この注目の広告はどのようにして生まれたのか。企画制作を担当した、栗田・関戸・早坂・辰野に話を聞いた。

INTERVIEW

  • 栗田 雅俊

    栗田 雅俊

    CREATIVE

    クリエイティブディレクター/コピーライター/CMプランナー。映像と言葉を軸に、マス広告を中心とした広告コミュニケーションの企画・制作に携わる。寝る前に1コママンガを描く趣味を15年つづけています。

  • 関戸 貴美子

    関戸 貴美子

    CREATIVE

    クリエイティブディレクター/アートディレクター。グラフィックデザインをベースに、ブランドのアイデンティティを可視化するコンセプトメイキング、デザインを手掛ける。植物の剪定をする時間が好き。旅先を選ぶときは、ついおいしいご飯を目当てにしてしまいます。

  • 早坂 尚樹

    早坂 尚樹

    CREATIVE

    コピーライター/CMプランナー。言葉と映像を軸に、ギャグ系から真面目系、マス広告からデジタル広告まで、幅広い領域の広告コミュニケーションを企画しています。趣味はバスケ(見るのもやるのも好き)。

  • 辰野 アンナ

    辰野 アンナ

    CREATIVE

    PRプランナー。世の中との“仲間づくり”をするPRを軸に、社会やブランドの課題解決に取り組む。電通社内ラボのGIRL’S GOOD LABの代表を務め、女性をエンパワーメントする活動もしています。趣味はアイドルとボードゲーム。

INTERVIEW /01

既視感のない
「家族」を描くために

  • 犬タビュアー

    犬タビュアー

    このプロジェクトのはじまりについて教えてください。
  • 栗田

    栗田

    いただいたお題は、メリットを「家族シャンプー」として再び強く印象づけたいというものでした。メリットは50年以上の歴史を持つブランドですが、近年はサブブランドの展開や製品の機能面に焦点を当てたコミュニケーションも行われていて、「家族」というイメージが少し希薄になっていたんです。そこで、改めて「家族」をテーマにした広告を制作することになり、プロジェクトメンバーを集めるところからスタートしました。

  • 犬タビュアー
    メンバーを集める際に意識したことはありますか?
  • 栗田

    栗田

    一番懸念していたのは、既視感が出てしまうことでした。メリットは過去にも家族をテーマにした広告を制作していますし、世の中には家族を描いた名作広告がたくさんあります。だからこそ、作り方を新しくしようと考えました。
    そこで、CM企画段階からアートディレクターの関戸さん、PRプランナーの辰野さんにも入ってもらいました。コピーライターの早坂さんに基礎的な部分を担ってもらいながら、今までにない見せ方や、PRの視点を入れた展開も模索したんです。

  • 早坂

    早坂

    栗田さんに声をかけてもらったときは「誰もが知っているロングセラーブランドだからこそ、何か新しいチャレンジができるチャンスだぞ」とワクワクしました。

  • 栗田

    栗田

    いくつかの方向を提案したんですが、最終的に選ばれたのは、オーソドックスなCMという手法でありながら、質感があたらしい、アニメーションを使った案でした。

  • 犬タビュアー
    シャンプーのCMで全編を通してアニメーションを使っているのはめずらしいですよね。
  • 栗田

    栗田

    この企画が生まれたきっかけは、関戸さんが「アニメで家族を描いてみてはどうか」とアイデアを出してくれたことでした。そのトーンをシャンプーの広告で表現すれば、今までにない目を引くものになると感じたんです。そこから、みんなで内容を考えていきました。

  • シリーズ第1弾CM「はじめて自転車に乗れた日」篇より

    シリーズ第1弾CM「はじめて自転車に乗れた日」篇より

  • 犬タビュアー
    コピーをもとに表現を考えたのではなく、トーンやイメージの方が先にあったんですね。
  • 栗田

    栗田

    そうなんですよ。実は、「家族と愛とメリット」というコピーも最後に決まりました。言葉から先に考えると、そこから広がるイメージが限られてしまう気がして。今回は何より「似てないもの」をつくることが大切だと思っていたので、全体の雰囲気やイメージから先に考える方法を取りました。

  • 早坂

    早坂

    今回は、いわゆる普通のCMと考える順番も方向もすべて逆へ、逆へ、とかじを切ったので、そこが楽しくもあり難しくもありました。でも、だからこそ目立つものになったのかなと思います。

INTERVIEW /02

手を止めずに、
最後までつくりつづける

  • 犬タビュアー
    エレファントカシマシ「今宵の月のように」や椎名林檎「幸福論」など90年代の楽曲が使われていて、さらにそれを子どもがカバーしているのも特徴的ですよね。
  • 関戸

    関戸

    大人の歌を子どもが歌うのはどうか、というアイデアは、アニメーションにする方向が決まった初期の段階から出ていました。全体が子どもっぽい印象になりすぎないように、大人と子どものエッセンスをミックスしたいと考えていて。

  • 栗田

    栗田

    「子どもが歌う曲も、意外性ある感じにしたいね」「じゃあロックかな」みたいな感じで、世の中にすでにあるものとは違う方へ行くことを常に意識していました。

  • 犬タビュアー
    グラフィックのコピーのこだわりについても教えてください。
  • 栗田

    栗田

    まずはチームのみんなで、家族にまつわるエピソードを話すところから始めました。集めたエピソードからシーンを決めて、そこからコピーを書いていきました。僕の実体験もかなり入っていますが、チームみんなの集合知でつくった感じですね。

  • 早坂

    早坂

    TVCMが親子にフォーカスしている分、グラフィックでは子育て中の人に限らず、より多くの人に共感してもらえるように意識しました。画一的な家族像を押しつけないよう、多様な家族のあり方を描くことも心がけています。

  • グラフィックでは、実家に帰省したときのエピソードや
    一人暮らしの日常なども描かれている

  • 栗田

    栗田

    表現の部分では、コピーらしくない「個人的な文章」にすることを意識していました。言葉足らずな部分があったり、体言止めになっていたり、口語的だったり、カッコの中で本音をつぶやいていたり。手を替え品を替え、誰かの個人的な手紙がそのまま掲出されてしまったような読後感を目指しました。
    そんな中で、関戸さんが「文字を手書きにしてみましょう」と提案してくれて。フォントから手書きになった瞬間、文章が一気に個人的なものに近づいたというか、手紙らしさがぐっと増しました。

  • 犬タビュアー
    テキストを手書きにしたのは関戸さんのアイデアだったんですね。
  • 関戸

    関戸

    整った打ち文字で小説のように書かれるよりも、誰かのノートの切れ端に書かれたような少し頼りない手書きの文字の方が、コピーの内容や魅力が伝わりやすいと思ったんです。

  • 犬タビュアー
    デザインのこだわりについて詳しく教えてください。
  • 関戸

    関戸

    今の時代、「クオリティが高い」というと、高精細だったり滑らかだったり、美しく整っていることを指すことが多いと思います。でも、メリットの広告におけるクオリティの高さは、そういったものとは少し違うと感じていました。むしろ、どこか隙がある方が、見る人の記憶と自然に結びつくのではないかと考えたんです。
    そうした考えにぴったりだったのが、ニシワキタダシさんのイラストでした。頭身が少しつぶれていたり足が長かったりと、写実的ではない、思い出の世界を見ているような魅力があります。その表現に合う書体や色づかいを意識してデザインを組み立てていきました。

  • TVCM「おむかえに急ぐ日」篇

    TVCM「おむかえに急ぐ日」篇

    TVCM「はじめて料理をした日」篇

    TVCM「はじめて料理をした日」篇

  • 犬タビュアー
    関戸さんと栗田さんは、以前からいろんな案件でタッグを組まれていますよね。
  • 関戸

    関戸

    そうですね。栗田さんは絵について意見をくれて、私はコピーについて意見を言ったりします。お互いの領域にうまく踏み込みながら議論ができるのが、いつも楽しいなと思っています。
    あと、細部を緻密につくり込んだり、最後までブラッシュアップを重ねたりするのが好きなのも似ている気がしていて。今回は早坂さんや辰野さんも加わって、みんなでつくり込んでいけたことがうれしかったです。

INTERVIEW /03

一瞬で流れる「情報」
ではなく、「体験」を

  • 犬タビュアー
    多くの人にこの施策を知ってもらうために工夫したことはありますか?
  • 辰野

    辰野

    実はこの施策は、グラフィックの展開は当初予定されていなかったんです。でもCMがすごくすてきなものになりそう、となったときに、より自分ごと化して誰かに言いたくなるきっかけがあることが、施策が世の中に広がる上で重要だと思いました。そこで、ストーリーを丁寧にひもといて深く自分ごと化してもらえるグラフィックがあった方がいいのではと、PRの視点から提案しました。

  • 犬タビュアー
    グラフィックを掲出した場所にもこだわりがあったそうですね。
  • 辰野

    辰野

    立ち止まってじっくり読んで、時間をかけて咀嚼できるような場所に掲出したいと考えました。なので、つい読み飛ばしてしまうような場所やサイネージのように一瞬で情報が流れてしまうところではなく、気になった人が時間をかけて読める場所として電車の中を選びました。結果的に、電車広告を読んだ方が「泣ける」と投稿してくださって、その投稿がXで大きな話題になり、CMにも注目が集まるようになったと思います。

  • 犬タビュアー
    この施策は、CMやグラフィックから発展して、展示も行ったと聞きました。
  • 辰野

    辰野

    下北沢の会場で、これまでのCMやグラフィックを集めた展示を約1カ月間行いました。お子さんが遊べるスペースも用意していて、家族想いのメリットらしくなっていたんじゃないかなと思います。

  • 「家族と愛とメリット展」の様子

  • 栗田

    栗田

    子育て中の方がお子さんと一緒に遊びに来てくださるなど、CMやグラフィックとはまた異なる接点がつくれたと思います。「広告を見に来てください」という展示は普通はあまり成立しない実験的な試みでしたが、好評でとてもうれしかったです。

  • 犬タビュアー
    反響はいかがでしたか?
  • 辰野

    辰野

    地方からわざわざ足を運んでくださった方がいたり、展示のスタッフの方からも「泣いている方がいました」と報告があったりして。CMやグラフィックだけではなかなか生まれないような、深い体験を提供できたのではないかと思います。

INTERVIEW /04

「ありがとう」と言ってもらえる
広告を目指して

  • 犬タビュアー
    施策全体を通してやりがいを感じた部分や、うれしかったことはありますか?
  • 栗田

    栗田

    コピーに関しては、かなり個人的な思い出やエピソードを書いたつもりだったんです。でも見てくださったたくさんの人から「これは私の話だ」みたいな反応があって。あえてとことん個人的にした方が、逆に深いところで共感されるんだというのは面白い発見でした。

  • 早坂

    早坂

    広告のボディコピーが読まれにくくなり、ミームを使ったバズコンテンツが主流となっている中で、トラディショナルなアート&コピーでも世の中の人に届くものがまだまだつくれるんだな、と実感できたことが何よりの喜びであり、自信になりました。みんなで集まって詰めの作業を何度も行いながら、「この深度と解像度でコピーを書けばいいんだな、書かなければいけないんだな」と、他の仕事に対する意識も変わりました。

  • 関戸

    関戸

    テクノロジーや手法は日々多様になり変化していきますが、ごく普遍的な感情の部分に反応してもらえたことをこの仕事で感じました。人の感情や懐かしさ、喜怒哀楽は不変なものだと思っています。そうしたものに触れられる仕事を歴史あるブランドでできたことは、本当にありがたい経験でした。

  • 辰野

    辰野

    今回のメリットでは、コピーやアートと情報設計がうまく掛け合わさったことが、うれしい体験でした。広告の仕事をしていると「これって本当に届いてるのかな」と思うこともありますが、この仕事では誰かの心に響いたことが可視化されて、メリットを好きな人が増えている実感がありました。

  • 栗田

    栗田

    この仕事は、同業の人だけでなく、同級生や普段広告の感想を言わない人からも「見たよ」「好きです」と声をかけてもらえることが多かったんです。見た人が喜んでくれて、「ありがとう」と言ってくれる。それって、広告が目指すべき一つのポイントかもしれないなと思いました。
    表現物を通じて、子育て中の人が少し前向きになれたり、「こんな考え方もあるんだ」と思えたりする。広告は、ある種の視点を提供することができて、それが生活の改善につながることもあるかもしれない。そう思わせてくれたことが、今回一番やりがいを感じた部分でした。