#駄言辞典 | 社会の多様性を実現するために、企業はなにができるのか

CHALLENGE

PROJECT

#駄言辞典

社会の多様性を実現するために、企業はなにができるのか

日本経済新聞社と日経BPが主催する日経ウーマンエンパワーメントプロジェクトの一環として、2020年11月、日本経済新聞にこんな広告が掲載された。“心を打つ「名言」があるように、心をくじく「駄言」(だげん)もある。そんな滅びるべき駄言を集めた辞典を作ります。(中略)「#駄言辞典」を付けて、駄言にまつわるエピソードをつぶやいてください。まとめたものは、絶版を目指して出版します。”賛同する企業とともに日本社会の多様性を阻むステレオタイプに挑む「NIKKEI UNSTEROTYPE ACTION」の第三弾である。性別のステレオタイプによって生まれる“駄言”をなくすこの企画は、いかにして生まれたのか。プロジェクトの立ち上げから関わる電通において、企画の中心メンバーである、尾上・今井・東・南・黒松に話を聞いた。

性別のステレオタイプを、
一つずつなくしたい。

INTERVIEW

  • 尾上 永晃
    尾上 永晃
    CREATIVE
  • 東 成樹
    東 成樹
    BUSINESS PRODUCE
  • 南ここ
    南ここ
    MEDIA
  • 今井 祐介
    今井 祐介
    ART
  • 黒松 理穂
    黒松 理穂
    CREATIVE
INTERVIEW /01

潜在する社会問題を、“駄言”として可視化

━━ 「#駄言辞典」プロジェクトは、日本社会の多様性を阻むステレオタイプの撲滅を目指して展開している「NIKKEI UNSTEREOTYPE ACTION」の一つとして誕生したそうですね。どのようなきっかけで企画が生まれたのでしょうか。

尾上尾上

UNSTEREOTYPE(=「固定観念をなくす」)というUN Women(国連女性機関)が提唱する概念をベースにしている「NIKKEI UNSTEREOTYPE ACTION」は、女性・女児に対する差別の撤廃や、女性のエンパワーメント、ジェンダー平等の達成を目的としたプロジェクトです。

東

企画を考えるために「女だから、男だからというジェンダーバイアスのかかった言葉を言われたことがありますか?」といろんな人に質問していたんですね。そのなかで印象的だったコメントがあったので、ピックアップして打ち合わせに持っていったんです。そうしたら尾上さんから「こうした発言を集めて本にしたらどうか?」という提案があって。

尾上尾上

僕の好きな本の中に古今東西のブラックジョークを集めて掲載している本があって、その本で著者は“名言”と呼ばれる言葉たちに「こいつは間違ってる!」といちいち突っ込んでるんですよね。名言って、そうやって扱っていいんだと衝撃を受けました。東の資料を見ていたら、その本の存在をふと思い出して。僕らは名言と聞くと、ありがたいものとしてそのまま受け入れてしまうのですが、なかには時代錯誤になっているものもあるはずなんです。ステレオタイプも、それと同じじゃないかなと気づきました。そこで、「無意識に使っているひどい言葉を『駄言』と定義して集めたら、滅ぼすこともできるのでは?」と思ったんです。

━━ すると、企画の初期段階から「駄言」という言葉があったわけですね。

東

最初は仮で決めただけで、途中でいくつか別のネーミングも検討したんですけど、「駄言(だげん)」という言葉のインパクトに勝るものはなく、そのまま進めることになりました。

━━ つい言ってしまいたくなる響きがありますね。

南

セクハラでもパワハラでもないけど、誰かを傷つけている言葉。そこに「駄言」というジャンルを与えたことで、企画も強くなりましたし、社会に広がるスピードも早くなったと思います。

  • サイトを通じて様々な「駄言」が寄せられた。

INTERVIEW /02

広告で終わらず、出版に挑戦する

━━ 新聞広告を皮切りに、SNSで集まった駄言は、実際に「早く絶版になってほしい #駄言辞典」(日経BP発行)として書籍化されていますね。書籍を出版する企画についてはすんなりと受け入れられたのでしょうか。

南

日本経済新聞社は、もともとジェンダー平等を実現するための「広告」をつくるという意識が強かったようで、最初は驚いていましたね。でも、電通のスタッフは「アクション」まで起こしていこうという思いが強くて。結果的には、日本経済新聞社と日経グループの総合出版会社である日経BPの共同プロジェクトだったこともあり、出版についてはポジティブに話が進みました。さまざまなステークホルダーと共同で進めたプロジェクトだったからこそ、実現できたのかなと思います。

━━ 書影もインパクトがありますね。

今井今井

出版も視野に入れていたこともあり、他の書籍と一緒に平積みされたときに目を引くデザインにしたいと考えました。それで「×」という記号を日経カラーで大きく配置したんです。「駄言=ダメなこと」だと直感的に理解できる書影になったと思います。

━━ 駄言を募集した際には1200を超えるエピソードが集まったそうですね。これを「女性らしさ」「キャリア・仕事能力」「生活能力・家事」「子育て」「恋愛・結婚」「男性らしさ」の6つのカテゴリーで紹介していますが、何か意識したことはありますか?

東

まずステークホルダーみんなで意見を出し合いながら、代表的なエピソードを選んでいきました。そのうえで、男女に偏りがないようにして。こういう話題は、女性の問題だけが扱われやすいですが、駄言に関しては性別関係なく起きることでもあるので。

南

気をつけたのは、男性も巻き込んで考えること。女性だけではなく、男性と一緒に考えなければ、解決はありえませんし、経済成長も実現できません。

今井今井

とはいえ、言葉狩りにならないようにしようという話はしていましたよね。だから、けっこう神経をとがらせて、編集作業も進んでいました。

INTERVIEW /03

糾弾するのではなく、気づかせたかった

━━ 今回の企画では、SNSをうまく活用して駄言を紹介していますが、センシティブな問題だけに炎上するリスクもあったと思います。投稿する際に何かルールのようなものを決めていたのでしょうか?

尾上尾上

具体的に何か決めていたわけではないのですが、みんなのなかで共有していたことがあるとすれば、「むやみに人を糾弾しない」ということでしょうか。

今井今井

尾上さんとは「誰かが悪者になるようなことはやめよう」と話していましたよね。

尾上尾上

この企画は誰かを糾弾したり、断罪したいというわけではないんです。ステレオタイプは環境や教育などによって形成されるものだから、駄言を言ってしまうことは誰にでも起こりうると思うんですよ。だから、「なんとなくわかる」とか「こういう側面って自分にもあるな」と思えるくらいがちょうどいいなと。そのためにイラストがすごく重要な役割を果たしていて。

今井今井

社内のアートディレクターに描いてもらったんですけど、絶妙なタッチなんですよ。あのイラストがあることで、文言だけでは伝わりにくいニュアンスをうまく表現できているよね。クスッと笑えて、ときにグサッとくるものに仕上がっている気がします。

━━ 言い方は悪いかもしれませんが、ちょっとイラッとくる雰囲気があります(笑)

黒松黒松

駄言を言っている人の悪気のなさが伝わってきますよね。

今井今井

うん、すごくとぼけている。でも、実際に駄言を言うときってこんな感じだと思うんですよ。そもそも悪意があるわけではないから、悪いことをしているという自覚がない。だからこそ、気づかせることが重要で。

尾上尾上

「社会を変えてやろう」という大それたことよりは、「駄言を嫌がっていたり、駄言で苦しんでいる人がいるんだ」ということに気づいてもらうことがゴールでした。

  • 古いステレオタイプによって生まれた滅びるべき駄言のニュアンスを表現したイラスト①

  • 古いステレオタイプによって生まれた滅びるべき駄言のニュアンスを表現したイラスト②

INTERVIEW /04

一歩ずつ、価値観をアップデートする

━━ この企画を経験したことで、みなさんや周囲にいる人たちの価値観が変化していると感じることはありますか?

黒松黒松

募集企画を始めるにあたり、まずは自分のこれまでの人生を振り返ってみたら、次々と「自分が実際に言われた駄言」を思い出してきたんです。記憶がどんどんよみがえってきて、その言葉を一覧にして打ち合わせに持っていきました。尾上さんと東さんに見せながら、「私、すごく腹が立ってきました!」と怒ったりして(笑)同時に、その過程で、きっとこういう体験をしている人はたくさんいるはずだ、という企画への手応えも感じましたね。

東

僕自身、今回の企画に携わるまで駄言がここまで世にはびこっているとは知りませんでした。でも、SNSに集まってきたエピソードを読んで、こういう苦しみがあるのかと知ることができたし、エピソードを投稿してくれた方々も言われた当時はそういうものだと自分を納得させていたけど、本当は怒っていいんだと気づけたことがよかったのかなと思います。

黒松黒松

駄言は悪いことだ、という認識が受け手に広がることで、「それ、駄言ですよ」とちゃんと怒れるようになったのがいいですよね。

南

駄言を言っていた人の意識も変わりますよね。これは実際にあった話なのですが、飲みの場である人が駄言を言ってしまったんです。でも、その後に「あ、これは駄言だ」って自ら反省していて。言葉の響きがポップなこともあり、シリアスな雰囲気にならずに行動変容させることができるのかなと感じました。

━━ 「#駄言辞典」は絶版が最終目標になりますが、その実現に向けて今後取り組みたいことはありますか?

尾上尾上

「#駄言辞典」を使ってワークショップができたら面白いですよね。正直な話、どんな会社でも、駄言を言う社員がいないかといったらゼロではないはず。僕たち自身も、自分たちでこの本をつくっておいて、その状況は放置しておけないじゃないですか。4月に新入社員も入ってくることだし、このタイミングで価値観を見直す機会をつくりたいですよね。

南

こういう企画って啓発の部分で終わってしまうことが多いんですけど、クリエイティブチームがすごく頑張ってアクションにまで落とし込んでくれているので、なんとか人を動かすところまでやりたいですよね。

※『早く絶版になってほしい #駄言辞典』の詳細はこちら。