サウジアラビア アニメプロジェクト | アニメ文化を、楽しみ方ごと輸出する

CHALLENGE

PROJECT

サウジアラビア アニメプロジェクト

アニメ文化を、楽しみ方ごと輸出する

2022年10月。日本から遠く離れたサウジアラビアに、アニメの街が出現した。展示や体験型コンテンツ、ステージパフォーマンスなどを通して、日本アニメの世界観を楽しむことができる大規模なイベント「ジャパンアニメタウン」だ。同年10月に実施された「サウジアニメエキスポ2022」も含め、なぜ、サウジアラビアはアニメに熱狂しているのか。そこにはどんな背景があったのか。イベントの企画・運営の中心メンバーである柿崎と多々良に話を聞いた。

サウジアラビアを
アニメで揺るがしたい。

INTERVIEW

  • 柿崎 真吾
    柿崎 真吾
    CONTENT
  • 多々良 樹
    多々良 樹
    CREATIVE
INTERVIEW /01

サウジアラビアの未来は、エンタメにある?

━━ お二人は、普段から海外のお仕事をされているんですか?

柿崎柿崎

そうですね。僕はコンテンツビジネス・デザイン・センター(CBDC)のアニメビジネス開発部に所属していて、普段は海外へのアニメ番組販売や権利販売など、グローバルなアニメビジネスに携わっています。ただ、ここまで前例のないプロジェクトは初めてでしたね(笑)

多々良多々良

僕は、クリエイターとして、コンテンツの案件を手がけることが多いです。海外の仕事は初めてでした。

━━ では、今回のプロジェクトがはじまったきっかけを教えてください。

柿崎柿崎

2018年に、スポーツビジネスプロデュース局がかねてから付き合いのあったサウジアラビアの代理店に対して、アニメの番組販売をしたことが発端でした。そこから、アニメのコンテンツをサウジアラビアに販売して、さまざまなアニメビジネスの話をすることになりました。結果的に、サウジアラビアではアニメ人気に火がつき、大規模なアニメイベントも開催することになったんです。それが、2019年11月に開催された「サウジアニメエキスポ」です。電通チーム主体で、日本の有名なアニメを最新タイトルも含めて、約70タイトルを出展しました。

多々良多々良

それが、すごい盛り上がりだったんですよね。

柿崎柿崎

3日間で合計3万5000人が来場し、大盛況に終わりました。来場客も、サウジアラビア政府関連のみなさまにも大変喜んでいただいてうれしかったですね。初めてアニメの世界を目撃したサウジのアニメファンたちの純粋なまなざしが今でも忘れられません。

━━ サウジアラビアが、そこまでアニメに投資する理由はなんでしょう?

柿崎柿崎

国家戦略として、エンタメ産業に力を入れているからです。今までのサウジアラビアは、原油に依存した経済を続けてきました。でも、原油は限りある資源ですし、脱炭素社会を目指す潮流もあって、その存続に危機感を抱いている。そこで、原油に依存しない産業のひとつとして、エンタメ領域に積極的に投資しているというわけです。

━━ 国の未来をかけた、チャレンジングなプロジェクトだったのですね。

柿崎柿崎

そうなんです。しかも、サウジアラビアでは、たとえば「海賊の宴シーン」や「日本では一般的な制服姿」も、「飲酒」や「肌の露出」という伝統的宗教観の観点で規制されるなど、あらゆるコンテンツにとって参入障壁が高い歴史がありました。その意味でも、新しい産業としてアニメを育てるということは、一筋縄ではいきません。当然、電通にとっても、サウジアラビアは今まで接点の少ない市場ですし、大きなチャレンジだったと言えると思います。結果的には、2019年のイベントは、「アニメ番組の販売」という枠を超え、「日本のアニメ文化そのもの」を、本当の意味でグローバル展開する契機となりました。

━━ その成功から、2022年の開催まで時間がかかりましたね。

柿崎柿崎

はい。2020年の「アニメエキスポ」に向けて動き出したところを、コロナ禍が直撃しました。オンラインでの開催も検討したのですが、リアルで触れ合う機会をつくらなければ、意味がないなと思いました。アニメって、そもそもオンラインでも見られるものなので、それ以上の体験を届けるには、リアルで開催しないと熱量が届かないんですよ。そして、どうせ次の開催まで時間があるなら、そのぶん、もっと大規模で、もっと本格的なイベントにしてやろうと考えました。よりよいイベントを実施するからには、根底を支えるコンセプトが必要になると考え、社内のクリエイターに相談したんです。そこで、アニメコンテンツに強みのあるクリエイターとして、多々良を紹介してもらいました。

  • 「サウジアニメエキスポ2019」の大行列

  • 「サウジアニメエキスポ2019」で日本アニメが大盛況

INTERVIEW /02

赤フチのエリアを埋めよ

多々良多々良

僕はアニメの仕事を多く経験していたのですが、サウジアラビアのことはまったく知りませんでした。なので、コンセプトをつくるにあたって、サウジアラビアの人々がアニメとどう接しているか調べてみたんです。すると、サウジアラビアのアニメファンは、アニメのリテラシーが想像以上に高いことがわかりました。みんな、動画配信サービスなどで、日本アニメの最新作をリアルタイムに追っているんですよ。

柿崎柿崎

日本人が思っている以上に、日本のアニメに詳しいよね(笑)

多々良多々良

一方で、個人的には、課題も感じていました。それは、アニメを楽しむ“カルチャー”の物足りなさです。日本は、アニメを見るだけではなく、アニメをつくる情熱を理解して、クリエイターをリスペクトする“カルチャー”がありますよね?コミケなど、コミュニティの広がりもあります。でも、サウジアラビアは、宗教保守派の影響もあって、自由な創作や挑戦が生まれにくい環境なのかもしれません。さらに大きな課題として、アニメの違法視聴を違法だと理解できていないケースがあり、その啓発が必要だという現状もありました。だから、「サウジアニメエキスポ2022」のコンセプトは、「アニメの正しい楽しみ方」にしました。
そして、このコンセプトは、直後のイベントである「ジャパンアニメタウン」にも引き継がれることになりました。もっとも、具体的に何をするかは決まっていなかったんですが(笑)

  • イラストレーター南野あきさんが描いたキービジュアル

柿崎柿崎

サウジアラビア政府も、やりたいことが具体的にあったわけじゃなくて。「サウジアラビアに“Blvd World”というテーマパークをつくります。そこで世界各国のパビリオンエリアをつくって、万博みたいにしたいんです。日本は“ジャパンアニメタウン”。アニメのテーマパークをつくってください。以上」みたいな、ざっくりした指示でした。(笑)

多々良多々良

柿崎さんから「この赤フチのエリアを埋めて」って、スクショが送られてきて……「えっと……これはどれくらいの大きさなんでしょうか?」という会話からはじまったんですよ(笑)

  • 実際にサウジ側から提示された資料

━━ そこから具体的に、どう進めていったのですか。

柿崎柿崎

サウジアラビア側との契約、および交渉業務をスポーツビジネスプロデュース局が担当。サウジアラビア側へのプレゼンや各アニメIPホルダー(知的財産保有者)との調整を僕たちCBDCが担当。その様子を見ながら、エリアのコンセプトや、空間設計など、全体のデザインを多々良率いるCRチームが担当。デザインを設計図面に落として、現地施工会社とのやりとり、設計監修をグループ会社の電通ライブ(※1)が担当。また、アニメブースの企画やIP (知的財産)監修周りを同じくグループ会社の電通プロモ―ションプラス(※2)が担当しました。
※1 国内最大規模のイベント・スペース専門会社※2 デジタルを起点としたプロモーション領域全般の課題解決を担うプロフェッショナル集団

━━ 電通グループ内で連携することで、プロジェクトが拡張していったのですね。

多々良多々良

アニメの世界観をどう体験すると面白いか、丁寧に設計したり、「最高のアニソンステージって、なんだろう?」と考えて、スクランブル交差点で熱狂できたら最高じゃないか?なんてアイデアを、チームみんなで力を合わせることで実現させていきました。

  • 「ジャパンアニメタウン」の街並みと巨大なLEDの球体

  • ライブができるネオ・スクランブル交差点

INTERVIEW /03

前例がない仕事は、チームで越えてゆく

━━ アイデアを考えることも大変ですが、実現することは、それ以上に大変そうですね。

柿崎柿崎

特に苦労したのは、文化の壁です。というのも、サウジアラビアはこれまで、厳しい表現規制の影響で他の文化を取り入れづらい状況でした。結果として、「ビジネスって、普通はこう進めるよね?」というグローバルスタンダードが一切通用しないんです。

多々良多々良

共通のビジネスルールがない状態だったので、本当に大変でした。先ほどお話しした赤フチのエリアも、気づいたらいつの間にか位置も形も変わっていましたし(笑)

柿崎柿崎

予算や工期など、進行に関わる重要なこともなかなか決まらなかったりして。でも、前例がないからこそ、うまく道筋をつくるために、電通内のあらゆる人の知恵を借りることで、なんとか実現までこぎつけることができました。僕と多々良が代表として話していますが、チーム全員に感謝です。

多々良多々良

最終的に、プロジェクトチームは総勢50人ほどになりました。チーム以外にも多くの方々に相談することができ、電通の持つネットワークの広さを感じました。

柿崎柿崎

僕は、今回のような大規模な仕事がしたくて、電通へ転職してきたんです。だからこそわかるんですが、電通にしかできないことって、たくさんあるんです。大きなプラットフォームでしか背負えない規模があるし、海外から来る仕事がある。知りたいことがあったら、社内に詳しい人もいる。こういったリソースを実感できる仕事でした。

多々良多々良

僕は今回、2つの「電通力」を感じました。1つ目は、まったくの未知に対して模索する力。サウジアラビアという遠い国のことでも、なんとか実現できること。2つ目は、仕事を依頼する相手が「何をすればいいんだろう?」という状態であっても「こうであるべきだ」と提案する力。今回は、普段のクライアントワークとは違って、「こうしてくれ」というオーダーのない仕事でした。それでも、自分たちでゴールを定めて乗り越えていけました。この2つの力を合わせることで、前例のないプロジェクトを成功できたのかなと思います。

  • チームが現地で撮影した集合写真

INTERVIEW /04

クリエイティブの輪を、世界に広げたい

━━ 今後の展望や、野望などありますか。

多々良多々良

サウジアラビアの人々のクリエイティビティをもっと開花させることができればすてきだなと思います。原油に依存した経済圏で暮らしてきたこともあって、ペンと紙だけで人の心を動かすといった「ものづくり」とは縁遠い国が、今までのサウジアラビアでした。だけど、クリエイティビティは誰の中にもあるんだということを伝えていきたいんです。

━━ そのためには、文化そのものを変える必要がありそうですね。

多々良多々良

はい。例えば、サウジアラビアにはまだ、女性は男性のために一歩引くという風習があるのですが、人の心を動かすのに男女は関係ないはずです。誰もが、何かをつくることで、クリエイターになれる。そんな想いを込めて、今回のイベントのキービジュアルには、「すべては想像力から始まる。」というメッセージを入れています。

柿崎柿崎

これまでいろいろな海外のお仕事をしてきましたが、本当の意味で世界に通用する日本コンテンツって、やっぱりアニメなんですよ。クリエイティブとして、日本人の繊細な感性や強みが存分に生かされていると感じます。それが今では日本文化の一部になっている。僕の仕事は、この日本人の強みをもっと世界に広げていくことだと思っています。

多々良多々良

アニメの文化が世界に広がるのが楽しみです。いつか、サウジアラビア発のアニメ作品が、日本で公開されるという未来が訪れるかもしれません。それが「こんなことを考える人がいるんだ」という刺激になって、日本からも新しい作品を生み出せるかもしれない。こうして、どんどんクリエイティブの輪が広がっていくとうれしいですね。サウジアラビアの人がつくったアニメがどんなものになるのか、純粋に見てみたいです。

柿崎柿崎

そのためにも、映像を楽しんで終わり、ではない、アニメの本当の楽しみ方を広げていきたいですよね。グッズやイベントなどを通して、世界観にどっぷり漬かる体験もアニメの醍醐味ですし。日本でアニメが発展してきたように、周辺ビジネスが広がっていくことで、アニメの文化をつくるお手伝いをしていきたいです。

多々良多々良

いつか、サウジアラビアでもコミケのようなイベントが開かれるといいな、というのが僕の夢です。